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みらいの目 2016.10

すみだ文学散歩⑥  富田木歩(とみた もっぽ)の終焉の地を訪ねて

みらいの目 富田木歩の終焉の地を訪ねて
夢に見れば死もなつかしや冬木風   木歩
 

スカイツリー駅を降りて、言問橋に向かって15分ばかり歩くと右手に見番通りの看板が見えてきました。花街の風情を残すところです。左手に小梅小学校、確か木歩の生まれたのも小梅町(今の向島)と聞きます。しかし、この地に生まれた富田木歩、本名一(はじめ)(1897〜1923)は1歳の頃患った高熱により下肢の成長が止まる病いで、立つことも歩くこともできず、小学校にも行けませんでした。文字をいろはがるたなどで覚えたそうです。

木歩の兄弟は、父の死後鰻屋を継いだ兄と二人の姉、弟、妹二人の7人でした。弟の利助は聾唖者でした。口の悪い子ども達は鰻のたたりだと言って二人をはやしたそうです。兄弟を苦しめたのは貧しさでした。鰻屋は度重なる隅田川の洪水で借金が重なり、家族全員を養うことなど出来ません。姉妹たちは芸妓屋に売られて行きます。小梅小学校には「海抜0.4メートル」の看板がありました。

さらに歩くと、三囲神社が見えてきました。正面の右側に芭蕉の一番弟子だったという宝井基角(たからい きかく)の句碑*¹があり、木歩の句碑はその裏手にありました。冒頭の句は、師でもあった臼田亜浪(うすだ あろう)*²の筆によるもの、亜浪は『やまと新聞』の俳壇の選もしていました。木歩は最初吟波という俳号でこの欄に投句し、何度もその名が載ったことが、浅草に住み、慶応義塾の学生だった新井声風(あらい せいふう)*³との出会いの始まりでした。最後まで木歩の心身両面を支え、よき理解者でもあった声風を、木歩は「心友」と呼んでいます。碑は木歩の亡くなった翌年、声風ら全国60人の俳人有志によって建てられたものです。
mirainome2016-10
この句にまつわる悲しい話があります。下から2番目の妹まきはとても美人でこのまきに恋した若者がいました。彼(米造)は、型屋と呼ばれる友禅の型彫り師のもとで働く木歩の先輩でした。米造は木歩を背負ってお風呂に行ったり、利助の遊び相手になってくれたりしました。木歩が住んでいた小梅町の長屋に「小梅吟社」という看板を掲げたとき、米造はその最初の弟子になり、波王という俳号をもらいます。しかしある日、隅田川に利助を連れて泳ぎに行き、溺れて帰らぬ人になります。

背負はれて名月拝す垣の外  木歩

まきはやがて芸妓屋に入りますが、結核で家に帰されます。利助は玩具屋で働いていましたが、やはり結核で苦しんだ末亡くなります。まきも弟の後を追うように……。

かそけくも咽喉鳴る妹よ鳳仙花(ほうせんか)  木歩

木歩自身も結核にかかり何度も死線を彷徨います。それでも声風らの温かい支援のお陰で持ち直すことができました。俳号を吟波から木歩に代えるもとになった句があります。
歩くことを夢見て作った木製の義足が裏の垣根に空しくおかれているのを見て詠んだ句、

枸杞(くこ)茂る中よ木歩の残り居る  木歩

最後に目的の木歩終焉の地を訪ねました。桜の木などが見られる公園があります。水戸屋敷の跡です。犬の散歩をしていた女の人に尋ねると、ありました。そのモニュメントに書かれていた文などを参考に当時の様子をたどってみました。

大正12年9月1日、関東大震災です。水戸屋敷の木立も燃え上がり、三方を火に囲まれた木歩と声風。源森川(北十間川)に架かっていた枕橋も焼け落ち、声風はこれ以上木歩を背負って逃げることができなくなりました。やむを得ず声風は隅田川を泳いで逃げることにしました。二人はここで最後の握手を交わします。声風は火や水と戦うこと4時間、かろうじて向こう岸にたどり着くことができました。木歩は川岸に逃れてきた大勢の人達と運命を共に。木歩26歳の命でした。後に声風は、木歩の生前の句や文章、写真などを後世に残すことを生涯の仕事としました。

帰り道、スカイツリーの下「ソラマチ」は人であふれ、源森川は何知らぬげに穏やかに流れていました。

(『みらい』編集チーム 玉井)




*1 宝井其角 1661年~1707年 江戸前期の俳人。江戸生まれ。蕉門十哲の一人。「ゆふたちや」の句碑(雨乞の碑)
*2 臼田亜浪 1879年(明治12年)~1951年(昭和26年)俳人。長野県生まれ。『やまと新聞』編集長を務め、高浜虚子の勧めで本格的に俳句を始める。大正4年『石楠(しゃくなげ)』を創刊。
*3 新井声風 1897年(明治30年)~1972年(昭和47年)俳人。東京浅草生まれ。臼田亜浪に師事し『石楠』に参加、大正7年同人。誌で富田木歩を知り、後に『木歩句集』『木歩文集』を編集。

 




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