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| 枕橋 (まくらばし) |
全長26.18m・幅18m/東京都管理
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| 源森橋 (げんもりばし) |
全長16m・幅35m/東京都管理
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| 小梅橋 (こうめばし) |
全長26.55m・幅6.5m/墨田区管理
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| 東武橋 (とうぶばし) |
全長19.7m・幅22m/墨田区管理
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| 京成橋 (けいせいばし) |
全長18.75m・幅27.9/東京都管理
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| 西十間橋 (にしじゅっけんばし) |
全長21m・幅10m/墨田区管理
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業平四丁目と押上一丁目を結ぶ橋で、平成元年7月に架けられた新しい橋です。 震災復興計画で昭和4年に架けらた橋ですが、戦災でも焼け、昭和27年に架けられた木橋は昭和38年まで頑張り、墨田区最後の木の橋として記録に残っています。 この橋は歩道は片側だけですが、花壇があってお花がたくさんありました。 この橋のすぐ北東に「わんぱく天国」があります。アスレチックなど子供さんが安全に遊べるようになっている一方、田植え体験や、雪だるま造り、ホタル鑑賞や、かぶとむし等創造的な遊びが体験できる貴重なスペースです。 |
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| 十間橋 (じゅっけんばし) |
全長19.6m・幅15m/墨田区管理
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業平五丁目と文花一丁目を結ぶ橋で、昭和14年3月に架けられた橋です。北十間川はこの橋のすぐ東から横十間川とつながっています。 名前は横十間川と北十間川が合流する地点にあるのでそう付いたのでしょうか。 この橋の欄干は墨田区でも珍しい石造りです。 この橋の西側から古川という川(地図参照)がありました。請地古川とも言いましたが、秋葉神社の北を通り向島の言問団子の上の銅像堀公園 のところで隅田川とつながっていました。この川が向島と本所の堺となっていたそうですが、明治の初めに埋め立てられています。 今はない中居堀や曳舟川は、位置がはっきりしているのですが、この川を埋めた後の道というのがはっきりしません。そのうち調べて歩いてみたいものです。 十間橋から境橋までは護岸から降りて水辺を歩くことが出来ます。 |
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| 境橋 (さかいばし) |
全長23.8m・幅合計12m/墨田区管理
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| 福神橋 (ふくじんばし) |
全長21.3m・幅22m/東京都管理
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立花一丁目と江東区亀戸三丁目を結ぶ橋で、昭和58年11月に架けられた橋です。 名前は近くにある吾嬬神社や亀戸の香取神社にあやかって付けられたと云われますが、亀戸七福神が点在する寺社の中ほどにあるので付いたと云われる方もいらっしゃいます。 明治通りに架かる橋で、墨田区側東詰めには弟橘姫(おとたちばなひめ)を祀る吾嬬神社があり、西詰めには大沢梅次郎という方の銅像があります、この方は明治22年に生まれて昭和34年没するまで、今で言う区議会議員や都議会議員として地元のために働いた人です。立花大正民家園の旧小山家の出身ですね。 |
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| 小原橋 (おはらばし) |
全長18.4m・幅4.2m/東京都管理
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福神橋と小原橋の間、やや小原橋寄りに慈光院というお寺があります。北十間川が掘られた時はこのお寺の前に慈光院橋という橋がありました。昔、北十間川に架かっていた橋は
慈光院橋、下って境橋、そして押上橋の三本でした。 |
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引用文献 :「東京の橋」石川悌二 株式会社新人物往来社 「江戸から東京へ」 矢田挿雲 「墨田区の歴史」山本純美 株式会社名著出版 「墨田の町々」小島惟孝著 墨田区企画経営室広報広聴担当 「江戸・東京歴史の散歩道」(中央区・台東区・墨田区・江東区)株式会社 街と暮らし社 「隅田川 橋の紳士録」 白井裕著 東京堂出版 |