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| 業平橋 (なりひらばし) |
全長31.7m・幅33m/東京都の管理
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| 平川橋 (ひらかわばし) |
全長28.17m・幅11m/墨田区の管理
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| 横川橋 (よこかわばし) |
全長32.65m・幅22.7m/墨田区の管理
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| 紅葉橋 (もみじばし) |
全長35.11m・幅11m/墨田区の管理
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| 法恩寺橋 (ほうおんじばし) |
全長15.94m・幅22.6m/東京都の管理
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| 清平橋 (きよひらばし) |
全長38.97m・幅11m/墨田区の管理
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亀沢四丁目と太平一丁目を結ぶ橋で昭和4年に架けられました。かつて亀沢4丁目に清水町という町がありましたので、太平と清水のそれぞれ一字をとり清平橋と名づけられました。 この橋は両脇に水道管にはさまれて、すさましい状況になっています。 |
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| 長崎橋跡(ながさきばしあと) | ||||
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| 江東橋 (こうとうばし) |
全長20.8m・幅35m/国の管理
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| 撞木橋跡(しゅもくばしあと) | ||||
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| 南辻橋 (みなみつじばし) |
全長34.62m・幅11m/墨田区の管理
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| 菊柳橋 (きくやなぎばし) |
全長37.91m・幅11m/墨田区の管理
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菊川三丁目と江東橋五丁目を結ぶ橋。昭和5年に関東大震災の復興計画によって架設されました。江東橋5丁目に柳原三丁目という町があり、菊川とつなげていたので柳と菊で菊柳橋ということです。このあたりでも震災で多くの方が焼死しています。 取材中(平成19年5月5日)、この橋の上で青年がじっと水面を見ているので、ダンボールに入れられた仔犬でも流れているのかなと覗いてみると、なんとたくさんのクラゲがプカプカ。川にもクラゲがいるのですね。5月13日には北十間川にもいました。 |
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| 菊川橋 (きくかわばし) |
全長38.2m・幅22m/東京都の管理
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菊川三丁目と江東橋五丁目を結ぶ橋で昭和63年に架設されました。創架は元禄15年(1702年)で、はじめは間之橋(あいのはし)と呼ばれていましたが、享保5年(1720年)に架け替えられた時、今の名となりました。その昔この橋の西側に菊川という小さい流れがあったので、町名にもなり橋の名前にもなりました。 このあたりが本所と深川の境です。 本所は三度火の海となっています。安政の大地震、関東大震災、そして東京大空襲です。その度に不死鳥のように蘇る、バイタリティのある町です。この橋の西詰めに夢違え地蔵尊があります。大空襲による菊川周辺の殉難者三千余名を弔うと共に、悪夢の消滅を願い、これを善夢に導き再び惨禍を繰り返さないようにとの願いからつくられた地蔵尊です。 菊川橋は新大橋通りに架かっていますが、この通りをもう少し西に行きますと、火付盗賊改方、長谷川平蔵の屋敷跡 があります。 |
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| 引用文献 : 「史跡あちこち 川と橋と渡し」東京都墨田区企画広報室 「橋はかたる」昭和58年3月/社会教育だよりすみだ 「東京の橋」石川悌二 株式会社新人物往来社 |