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風

『風』は、日頃感じるちょっとしたことを160字以内で書き表したものです。
みなさんも、ぜひ投稿してください。

すみだ学習ガーデン事務局 『風』
〒131-0032 墨田区東向島2-38-7 ユートリヤ内
電話 03-5247-2006  FAX 03-5247-2007
office@sumida-gg.or.jp


2010年4月~

2012年2月号掲載

普通免許を取るべく教習所に通っている。中型二輪免許を持っているので学科免除、いきなりな感じで車に乗せられるが四苦八苦。「今が年齢的に限界かも」と実家に電話したら、向かいに住んでいたSさん(女性・故人)は70歳の最高齢記録で取ったとか、親戚のF子は60歳でとか。く?っ、オラなのまだまだヒヨッコだべ、負げでらんね!なのであった。(茄)

新春から出回る菜花から始まり蕗のとう、たらの芽、竹ノ子、などの草花や木の芽を食べる文化が日本にはある。これから育っていくエネルギーを分けていただけるようで、毎年楽しみにしている。今年は小さな天ぷら鍋を購入して、アツアツ、サクサクをいただこうと思う、もちろん、少し重い白ワインも用意して・・・準備万端♪ (肴)

ドンパチン、ちょっと穏やかでない表現である。父が所在なげに一人で遊んでいる私のところへ将棋盤を持ってきた。まず正式な駒の並べ方、次駒の動かし方からお遊びに、更に新聞の詰将棋欄を見せて、早く王将を取れと言われた。ウーン夢中になって取り組んでいた私であった。あまり女の子的遊びではないかも知れないが結構楽しく、面白かった。(妙)

そろそろ梅便りが聞こえてきそうです。地震・津波・原発事故・円安不況・就職難・・・。昨年は辛いことが多かった分、今年の「春」に期待することも多いのではないでしょうか。「明けない夜はない」、どんな時でもあきらめずに生きようとする気持ちのこもった大好きな言葉です。ところでこれは誰が読むのでしょう?<貼紙の爪とぎ禁止春支度>(裕)

先日、所ジョージのTV番組で、「銭湯」の特集がありましたが、銭湯好きの私は御谷湯に入浴に行ったところを取材されてしまいました。銭湯の湯と水道水を使った湯とを見分け、その違いを当てるという実験に参加させられ、見事に2回の実験で正解したというものでした。しかし、家族からテレビに映った姿を変なおじさんといわれ、がっかりしています。(寅)

台北紀行(その21)食べ放題の火鍋店「天外天」。鍋のスープ6種類を人数に応じ2?3種選択。肉、野菜、魚介類、練り物など豊富な具材と麺やご飯に、つけダレ用薬味、調味料は25種類。デザートは12種の「ハーゲンダッツアイスクリーム」、30種のケーキと20種ほど季節のフルーツ。ソフトドリンクも揃い。「生台湾ビール」サーバーまである。料金は大人1人500元程(1500円位)(季)

2012年1月号掲載

昔、清涼飲料の缶に付いている応募シールで景品を当てようと集めていました。あと1枚というところで、その応募シールが付いている缶が道路に落ちているのを見つけたのです。誰も見ていないのを確かめて、それをゲットしようと剥がしているときのことです。ふと顔をあげると、工事現場の人がぬっと顔を出して、こちらをじっと見てるではありませんか。まさに面目なしです。(寅)

台北紀行(その20) MRTで「台北」駅より40分ほどで台湾のベニスと言われている「淡水」に到着する。淡水河に沿った遊歩道を歩けばきれいな景色に安くて美味しい食べ物が心と胃袋を満たしてくれる。遊歩道中ほどの船乗り場から約10分の「漁人碼頭」へのクルージング(往復100台湾元:日本円約260円)は夕暮れ時がおススメ。また、漁人碼頭にかかる「情人橋」から眺める夕焼けは絶景である。(季)

身近な乗り物自転車は、便利な上に足腰も鍛えられる優れもの。風を切り走ると、正月休みで重くなった身体をほぐし、気分も爽快。だが、細心の注意が必要。あの震災以降、愛好者が急増。街中を軽快に走る姿が目立ち、ときに迷惑。専用道が整っていないので、規則がややこしい。車道は左端を走行。歩道は歩行者優先、ベルは鳴らさず押していく。(環)

暦をめくる速さは加速する。1月はゆったりと、春は日常の中に穏やかに時を重ね、ふと気づけば「もう半年」。と、思い始めたらあとは一気呵成。花火大会に客を迎える準備に汗を流し、牛島様のお囃子を聞きながら陽だまりでうとうとしていると、「あらら、もうあと1枚」。そうやっていくつ年を重ねただろう。また新たな暦を迎えた。(橙)

2011年12月号掲載

<一つ椅子猫と分け合ふ夜寒かな> だんだん寒くなってきましたね。ぼくはこの三年間、年老いた母のこともあり、毎月二週間ほど田舎に帰っていますが、冬はもっと寒いです。そちらに建てた小さな家には、母と住む弟からもらった古い椅子やテーブルなどがありますが、最近、引越しで飼えなくなったと姉の猫ミミがやってきました。(裕)

半月余りで、災害の多かった歳が暮れる。新年は穏やかな歳を願いたいが、放射線量が気になる。夏頃から娘が、隅田公園広場の値が高いが、家庭菜園での野菜を食し大丈夫かとの問いに、安全と答えられない。近隣の住民として、広場だけでなく、池や遊歩道に周辺の道路など、詳細に測定し、公表を。その値は安心して公園を利用できる判断基準となる。(環)

一年が経つのは早い。毎年、大学時代の友人たちと会うようになって、ウン十年。最近もその集まりがあり「ついこの間会った気がするね!」と異口同音。大学時代とは似ても似つかないぐらい変貌しているはずの旧友の顔も、見慣れてきたせいか、今では昔の顔が思い出せない。歳を取るって、こういうことなのだ。あぁ、今年もまた齢を重ねる。(樂)

愛犬ラブラドール・レトリバー(レイ♂)のお話。母が盲導犬、父が警察犬という血統ですが、それを無視するようなおバカ犬に育ってしまいました。それでも飼い主の見栄で躾や指示は英語でしています(笑)。盲導犬は、指示が方言などで混乱しないように英語を使うと聞いて少しでも近づきたいと思ったのです。(イチ)

2011年11月号掲載

私が幼い頃、近所の畳屋さんの息子に腕を噛みつかれ、父が怒鳴りこみに行き、両家は険悪な仲になってしまった。数日後、わが家がぼやを出し、あの畳屋さんが消火器を担いで駆けつけてくれたおかげで事なきを得た。三丁目の夕日の世界がそこにはあった。ぼや騒ぎの直前放映されていた「鉄腕アトム」の続きが見たいと言ったら、さすがに叱られた。(み)

11月の第3木曜日はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日、平成バブル期のお祭り騒ぎを覚えている方も多いのでは・・・さてさて一歩退いて見てみると試飲酒にこの額を払うのか? そう思ってから数年遠のいている。ワインにはチーズと定番のようにディスプレイされているが、若いワインとロゼワインは中華料理によくあうのでぜひお試しあれ♪ (肴)

台北紀行(その19)台北から約270キロ(国内線で1時間)ほどの国共内戦の最前線であった金門島。対岸の中国の廈門(アモイ)まではわずか10キロほどしかない。人々は素朴で人懐っこく、「牡蠣オムレツ」や「牡蠣入り麺線」はご当地グルメの代表、砲弾の破片で作った切れ味抜群な名物の包丁、香り豊かな高粱酒は他に並ぶものがないほどの品質である。(季)

旦那様のインドネシア赴任のため、次女が9月に旅立ちました。それまでの二週間、一緒に買い物をしたり食事をしたり、楽しい日々を過ごしました。最低5年間はあちらで暮らすとのこと。「泣いちゃうから成田まで見送りには行かないからね」と言いながら玄関先でウルウルが止まらない母でした。お正月には帰ってくるのかなあ。(零)

2011年10月号掲載

とあるスーパーでの出来事。私は、特売のうなぎを買おうと、鮮魚売り場に乗り込んだ。すると、すでにそこには手ごわそうなオバサンたちが、バットの中に入ったうなぎに目星をつけているところだった。そこで、私も負けじと、美味しそうなうなぎを物色していると、「それは私のうなぎよ」と隣のおばさんに強引に取られてしまった。唖然!いろんなお客さんがいるものである。(寅)

来年開業する「東京スカイツリー」。東武は「業平橋」駅を改称すると発表。残してほしい駅名であるが、年配の方でも遠方に住む人等「なりひら」と読めない方もいると耳にし、「在原業平」は忘却の彼方の存在? 複雑な想いである。周辺の工事は進み、「業平橋」駅の改札が移動。言問通りから奥に、ガード下より、ひと安心。手洗いが広く綺麗に、外からも利用でき便利。(環)

学生時代、昭和40年代は沖縄・安保と学生運動盛んな頃、ぼくのようなノンポリでも否応なく巻き込まれていったものでした。気の合った仲間と誰もいない教室で新聞を作ったり、詩を書いたりと・・・。その頃愛用したガリ版の蝋紙やインクの匂いが、映画「コクリコ坂から」を観ていて甦りました。<コスモスや青春はみな背伸びして>(裕)

文章を書くのが楽しかった大学時代、好きな作家の文体を真似て散文を書き、友人たちと大いに盛り上がった。当時は大江健三郎や村上春樹、吉本隆明なんかになりきっていた。年を経て、文章を書くことのむずかしさを痛感している。オリジナリティより、平易でシンプルな文章に憧れる。私は作家ではないしね。人生もまたかくありたいもの。(山)

2011年9月号掲載

この度の大地震で大丈夫かなと心配したのは杞憂でした。スカイツリーは、すらりと美しい姿を空に伸ばして、私たちの目を楽しませてくれています。去年の今頃はまだ大きなクレーン車が頂上付近にありました。それはまるで天まで届こうとする人間の意志のようでした。十五夜のお月様とのツーショット今年も? <宙に浮く未完の塔や望の月>(裕)

今年7月初めに当編集チームの中で、結婚10年目に待望の子宝に恵まれ、男の子を出産。どんな若者になるかしら楽しみ。至福の時の彼女の入会の決め手はこの『みらい』。10年前墨田区に転居、間もなく新聞の誤配で入手。紙面下の募集の記事に応じてくれた。運命の15日、配達人のミスも大きな幸運を届けてくれる。感謝したい。(環)

台北紀行(その18)台湾料理で最も有名な小吃「担仔麵(そぼろ肉の麺)」の超老舗店、台南の「度小月」。全体的にあっさりしているが、そぼろ肉の独特の深みのある甘辛い味が麺にもしっかり絡み、中華料理の薬味‘香菜’が麺の味を引き立てる。麺の種類は普通の中華麺とビーフンの2種類で両方味わえる碗もある。サイドメニューは「手工花枝丸(イカ団子)」に塩をつけて召し上がれ!(季)

墨田の町に気になるカフェが増えた。店の扉を開けると「すみだにこんなオシャレな人たちがいたんだ!」とびっくり。今どきの若者たちに交じり、馴染のおじちゃん、おばちゃんの顔もチラホラ。新旧の世代を巻き込みながら、スカイツリー開業で墨田が変わろうとしている。下町の人情と代々受け継がれてきた伝統は変わらないでほしいなぁ〜。(山)

2011年8月号掲載

台北紀行(その17)松山駅近くの延々と続く一本道の「饒河街夜市」に台湾の友達数人と繰り出した。名物は福州世祖の「胡椒餅」。胡椒味の焼肉まんと言ったところだ。様々な屋台の試食・試飲の味に注文を付けたり(日本人だけでは絶対出来ない業であるが店の人も当然の如く応じてくれる)、面白そうな品を手にしてみたりと、怖いモノ知らずの一行の漫ろ歩きの夜は更けて・・・ (季)

すみだ歴30年、誘われて初めて大相撲観戦の機会を得た。技量審査場所のため8時の整理券配布に並んでゲット。幕内力士土俵入りまでの間、江戸東京博物館を見学(ここも初めてだった)食事を済ませ、いざ国技館へ。22階席で遠かったが館内は一体となり、雰囲気を味わうには十分だ。親方衆が気になってしまい、現役力士ももっと覚えて行けば良かった(み)

数年前の8月、お花茶屋にある葛飾のプラネタリウムを見学した。天体望遠鏡を観たり、興味津々の内容、外は涼しい秋風で里山のようだった。夜空には、仲秋の名月よりひと月前が美しいという満月。そして観察したと同じ2つの星も一緒に神々しく輝き、うっとり。この情景は通りに里山を造成した人々の心意気。半時後、押上は残暑只中、淀んだ月のみ(環)

<自転車の影ゆらゆらと大暑かな>暑い日が続きますね。特にこの夏は節電のことがあるので大変です。アスファルト道路から立ち昇る熱気で、風景まで曲がって見えるようです。部屋にいても、外に出ても逃れようのない暑さ。こんな時は海の見えるところに行きましょう。こんな風景に出合えるかも。<影引きてパラソルの行く港町>(裕)

ムシムシと暑い一日を動き回った日は、普段あまり飲むことのないカクテル系にクラッシュ氷を入れてゴクゴクと飲む、甘さが暑さで渇いたのどと身体にお・い・し・い。ひと息ついた後は旬の肴にいつもの酒で、うちわ片手にゆっくりと飲みはじめるのが夏の夜の過ごし方☆(肴)

何年か前に話題になった「歴女」とやらを白い目で見ていたが、ここにきて急に、私も戦国時代にはまってしまった。武将の逸話はもちろんのこと、合戦の分析、統治システムの変容、雑兵の生活といった雑学系が、とにかくおもしろい。しかしブームに乗り遅れたためか、一緒に古戦場巡りをしたり、思う存分語れる相手が見つからなくて寂しい。(眠)

2011年7月号掲載

織り姫と彦星は一年に一度会えるのかぁと星を見ていたら、ふと墨田区に越してくるまでは街で偶然に初恋の人と一年に一度、七夕の頃出会ったなと思いだした。家は近所でも普段は全く出会うこともないのに不思議な思いをしたことも、墨田区に来てもなお出会っていたのならまた別の人生だったのかな・・・・・と、淡い思い出に乾杯。(肴)

もうすぐ夏休みになりますが、家族で一緒に海水浴に行った思い出が懐かしく感じられます。近くの水族館にも見学に行き、子どもが海の珍獣に驚きの表情を見せたことを今でも鮮明に覚えています。しかし、もう子どもも大きく成長したため、そのような思い出づくりも無くなってしまったことに寂しさを感じている今日このごろです。(寅)

出産準備で忙しい。家の大掃除に育児グッズの買物などなど。それよりも、身軽(身重?)なうちにあっちこっちの友達と飲み会(←ダメダメ)ならぬ食事会を開催。臨月は検診より、食事会の数の方が多かったかも。みなさん楽しい一時をありがとう!この記事が世に出る頃には、育児の楽しい忙しさに奮闘中かな。今度はコブ付きでよろしくね。(米)

今年2月「タケタのタタリ」(山影冬彦著)が出版された。著者は「坊ちゃん」生誕百年の頃、さくらカレッジ「坊ちゃんを読む」の講師をした。長年漱石を研究し、著書も多数出版。本書の副題に「湘南蛇物語」とある。蛇に纏(まつ)わる伝説や物語などに、社会問題を織り交ぜ、鎌倉漱石の会を柱に、劇中劇の摩訶不思議な世界が展開。久々にワクワクした一冊。(環)

2011年6月号掲載

子供のころ、今頃の田んぼには麦が青々と育っていました。ぼく達は「クロンボ」と呼んでいた黒い麦の穂を抜き麦笛を作って遊びました。黒いのは病気の穂なので、抜いてもお百姓さんは怒りません。茎を上あごと舌先でつぶして鳴らすとビービーと低い音が・・・。柔らかくて甘い茎の味、今は昔のお話です。<麦笛や舌先残る茎の味>(裕)

「フー、ウンならいいですよ。」そう医師から告げられた彼女は、「フーゥウウン」と唸った。本人は可愛く言ったつもりだろうが、力強いウンである。一応説明するが、フーは息を吐くこと、ウンはちょっとだけ息んでよいのウンである。今度は医師が私へ告げる。「旦那さんは息していいんですよー。止まってますよー。」あっ。そして産声が響いた。(兄)

大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。息子の友人H君は気の弱い転校生だった。同じ臭いがしたのだろう、2人はすぐに仲良くなった。親交は現在も続くが、心優しかった彼は見た目も性格もすっかり変わってしまったそうだ。それは自衛隊に入隊してからだった。被災地で活動していたかも知れないと思うと、じ〜んと胸が熱くなる。(み)

母が還暦をむかえ、先日退職した。産休以外はずっと働いてきた人なので、仕事に行かなくなると、やることがないのではないかと心配したが、それなりに充実した日々を過ごしているとのこと。一安心した。ただ、ここ最近厚みを増した「孫の顔見せろ」攻撃には閉口させられる。母よ、物事には順序というものがある。孫の前にまず、よき人を。(眠)

2011年5月号掲載

先日銭湯で、幼き日に父によくねだったコーヒー牛乳が無性に飲みたくなり、湯上り時に味わった。昔の牛乳瓶の紙のフタと違い、プラスティックのキャップ式になっていて、その開けやすさに驚かされた。でもコーヒー牛乳の味は、父にご馳走になった時のものと変わらず、昔の懐かしさを感じさせてくれるものであった。(寅)

台北紀行(その16)台北駅始発AM6:00のMRTに乗リ込み、目指すは隣の「善導寺」駅の朝ごはん屋さん「阜杭豆漿」。定番メニューは「鹹豆漿(卵が入っているようなふっくら感と小エビのダシが効いた程よい塩味の豆乳スープ)」、「蛋餅(モチモチした皮に包まれた卵焼き)」、「大餅(窯で焼き上げるナンのようなもの)」おなかいっぱい食べても80元(約240円)なり。(季)

最近若者の間で「えだる」の言葉が生まれた。「へたる」の事だ。大災害時の枝野官房長官の表情から連想で出た。以前、さくらカレッジの講師木村澄子氏は「墨田区ゆかりの文学講座」で受講生の問いに「言葉は変わります」と強調。ある評論家が、明治の文豪の文語体の作品は江戸時代の表現擬古文と解釈し、本文を直し発表したという。日本語は刻刻と変化する。(環)

7月に人生最大のイベント「出産」を迎える。四十路過ぎてのまさかの妊娠。人生残り半分(諸先輩方に怒られそう)と思い、ダンナハンとこれからのことを話し合っている最中の出来事で、心の準備も体の準備もままならないままバタバタとここまで来た。色々な妊娠トラブルに遭いながらも何とかなるもんだと。子育ても何とかなるかな?(楽天家の米)

2011年4月号掲載

銀座に都電が復活するとか本当でしょうか。昭和四十年代の初めまで都民の大切な足でした。それが車の邪魔になるとかで消えていき、残っているのは荒川車庫と早稲田を結ぶ一本だけです。今やエコの時代、スカイツリーの上から、上野・浅草・錦糸町を結んで、路面電車が縦横に走る様子を見てみたいものです。<春霞路面電車の街ありき>(裕)

たまたま時間のあるときに、目に入った献血車に乗ってみた。いつもタイミングを逃していたため、これが初体験となる。覚悟していたほど時間はかからず、400mlの血を抜いた後も、体調に問題はなかった。これならまたやってもいいなと思うが、4ヶ月ほど間を空ける必要があるようだ。次の献血のためにも、健康的な生活を心がけたい。(眠)

私はすみだ学習ガーデンのボランティアとして、お仲間にいれていただき、幸せ! ですが、女性では確か一番の古株になってしまったようです。あんまりお役には立たないけれど、学習情報部みらいチームで一生懸命やってますので、「オバアチャン、頑張ってますね!」と励ましながら、私の生きがいにさせてください。(妙)

春は新しいことを始めるのにいい季節だが、ここ数年花粉症のお陰で今ひとつやる気が出ない。最近は花粉症対策として暗示法なるものがあるらしい。知人によれば入眠時に花粉症ではないと暗示にかけ眠リにつくのだそう。私のように意思薄弱でも効くのかな。知人はもう2年ほど症状が出ていないという。今春は新しい花粉症対策に挑戦しようかな。(羊)

2011年3月号掲載

さくらカレッジ「墨田区ゆかりの近代文学講座」が間もなく修了する。講師は定評のある木村澄子氏、毎回着物姿で受講生を魅了。森鴎外の「舞姫」を始め、どの作品も傾倒した考えに捕われず解説、歴史的背景も組み解いていく。語学専攻と裏打ちされた確かな語りは醍醐味である。また、斉藤緑雨と樋口一葉との関係や、青木正美「一葉歌集」は興味深い。(環)

鶯の季節ですね。冬にチェ、チェと鳴くのを藪鶯の笹鳴き、春に初めて聞く鶯の声を初音といいます。最初はホー、ケキョなどとたどたどしい鳴き方ですが、やがてホーホケキョとのびやかな声になっていきます。夏、さらに上手になった鶯が老鶯(ろうおう)です。みなさんも郊外に鶯を聞きに行ってみませんか。<鶯に励まされ行く山路かな>(裕)

台北紀行(その15)「Taipei101」85階「欣葉101-食藝軒」の窓際のテーブルから眺める台北の夜景とともにいただく洗練された台湾料理は格別。お目当ての高級食材を時間をかけ煮込んだ“あまりの美味しさに仏も垣根を越えてぶっ飛んで来る”と言われる「仏跳牆(ぶっ飛びスープ)」はプリプリのフカヒレと他の食材がスープと絡み合い、ぶっ飛んで来るだけの価値ある味わいである。(季)

今冬、実に何十年かぶりでインフルエンザにかかった。1週間の安静と外出禁止を言い渡され、昏々と眠る毎日を過ごした。処方されたタミフルで幻覚を見ることもなく無事に効き、友人と外出の約束をしていた週末には晴れて布団から解放された。友人と吉祥寺散策を楽しんだ翌日、1週間の寝たきりが祟った私の足は筋肉痛に悩まされた。アイタタタ。(笑)

2011年2月号掲載

息子にはいろいろな経歴の友達がいる。自衛官や元ホストなど、なかでも異色なのがキックボクサーだ。以前「キックの鬼」って流行りましたよね? 彼は家業を手伝いながら、日々鍛錬を重ねていると聞く。でも試合に勝利すると、関係者と祝杯を挙げるより、応援に駆けつけた息子との食事を優先するという、何ともかわいいボクサーなのだ。頑張ってね。(み)

昔、若い新聞屋さんに代金を払おうとした時、「ありがとうございました。今年卒業です」最初は何のことか分からなかった。だから「ああ、おめでとう」しか言えなかった。後でよく考えてみると、彼は卒業まで4年間、雨の日も風の日も新聞を配っていたのだろう。もっと温かい言葉をかけてあげることができたら。<朝刊の音軽やかに春隣>(裕)

景気が悪い訳ではないと思います。デパートを始めどこのショッピングセンターへ行っても男の衣類を売っているエリアの少なさは女物の比ではない。エリアが小さいが故に展示してある衣類の種類も少なく、選択の幅が無いから、買いたいと思って出かけても10回に9回は何も買わずに帰らざるを得ない。女物のようにもっと沢山見せてくれ!!!(マイク)

電車に乗るといつも気になって目が離せなくなる場所がある。それは車両間の通路。二枚の板が重なり合っているところ。なんてなめらかな動きをするのだろう。うっとり。こすり合う金属音もしない。構造を妄想してみる。超強力磁石を巧みに調整し板を5㎜程浮かしている。大量のグリースが塗ってある。古いブレスケアが100粒挟まっている。(兄)

台湾から大好きな彼らがやって来た。そこでいつも台湾で行動を共にする仲間も日本各地から東京に大集合。まるで台北にいるのかと錯覚してしまう。彼らに会えることはもとより、友達に会えるのは本当に嬉しい。利害関係のない共通の話題で会話が弾み、彼らと交わす挨拶と握手で心底癒される。これだから止められない「台湾明星迷」(季)

最近、何かと話題のスマートフォン。これまで興味が無かったのに、auの新機種には惹かれた。これまでのスマホは、日本の携帯電話では当然だった機能が搭載されていないのが普通。しかし、新機種には日本向けの機能がほぼ搭載されている。ただ、欲を言えば携帯専用サイトが見れるブラウザを搭載してほしかった。もう少し買うのは待とうか。(紺)

2011年1月号掲載

台北紀行(その14)台湾観光局により開催された「台湾鉄道ロハスな旅」。台北駅から観光局イメージキャラクターの「飛輪海」と共に鉄道に揺られながら花蓮までの3時間あまり。車窓からの美しい太平洋の海岸線の景色、素朴で美味しい駅弁、同乗している飛輪海のメンバー全員のアナウンスにまるで「子供の遠足」のように車内はにぎやかだった(季)

押上、業平産のスカイツリーキャラクター、おしなり君、頭にスカイツリーを載せ手には筆と紙をもつ。在原業平の公家姿をヒントにしたという。地域の人にまた建設中のスカイツリーを見に来る人の人気者になっている。歴史があるからこそ生まれたのであろう。おしなり君の今後の活躍に期待して下町の平安と人情が続くように願っています(我)

この10年あまり、すみだ学習ガーデンのボランティア活動として、この欄から区民の皆さんへ一言、時節や事柄など感じたことを書き綴り、伝えてきました。日本語の良さを改めて学べる好機と捉え、この場があればこそと、今後も努めて参りたいと、年頭にあたり想いました。続けられることに感謝。皆さんもどうぞチャレンジしてみてください(環)

新年明けましておめでとうございます。2011年6月、みらいはおかげさまで200号を迎え、17年目に突入。1994年11月の創刊当時に活躍していた編集部員は現在も現役学習サポーターとして活動中。息の長いボランティア活動が学習ガーデンの自慢です。そして今年、6月の200号に向け、編集部員全員一丸となってステキなみらいを企画中。乞う期待!(mi)

2010年12月号掲載

学習ガーデンの「こども星空ツアー」に参加しました。30名の子どもたちを引率して、一泊の星空観察会です。夜は子どもたちと一緒にごろ寝、騒ぎすぎて怒られるもの、「寂しい」と泣きそうになるもの、いろいろです。でもいつの間にかぐっすりと眠ってしまいました。寝顔はみんなかわいいものですね。<子どもらは夏の星座と眠りたり>(裕)

父の腕とスクラム組んで、ぶら下がり野球場への道をたどりぬ。青山に住んでいたから、私は父に連れられて野球場、ラグビー場、陸上競技場、水泳場などへ歩いていった。そして、ルールを教わった。将棋も何とかわかる。女姓としては変わり種かも知れない。退屈すると、詰将棋など一人で楽しんでいる。でも父はもう他界して私のそばにはいない。(妙)

最初に長ネギのみじん切りと卵黄・カラシを入れ、10回ほど混ぜた後、添付のタレは使わず醤油をたらして再び10回ほど混ぜる。熱々のご飯にのせて刻みのりをふりかけ、一気に食す。これが私にとって納豆のベストな食べ方。先日「納豆こだわる会」の会員さんと、納豆のベストな食べ方談義に4時間も白熱した。あなたのベスト納豆は?(米)

12月の声を聞くと年の瀬が押し寄せてくる。毎年段取りをして年末を迎えたいと思うが、そうはいかない。今年も大晦日に形だけの大掃除をしおせちの用意をしているはず。東京育ちの私は帰省してお正月を過ごすこともできないし、大掃除もしないよりはましだし、おせちもなんとなく手作りが我が家の伝統だし…。今年もお正月がなんとなくやって来る。(山)

2010年11月号掲載
友人の娘さんの結婚式にお呼ばれしている。新郎・新婦は仕事先の新人研修からのお付き合いだそうで、ご両親は永すぎた春を心配していたが、これで一安心。友人は旦那のいとこなので夫婦ともに招待される。普段意識していなくて忘れていたが、来年我々夫婦はウン十年の節目らしい。祝う予定はないが、何となく思い出したきっかけになったかも。(み)
台北紀行(その13) 台鐵「台北駅」の隣「松山駅」付近の「五分捕」という衣料品の問屋街。時間がいくらあっても見切れない物凄い店舗数のこの街はまるでラビリンス(迷宮)。女友達5人で迷い込みワイワイ楽しく過ごした。その後、MRT「国父記念館駅」近くの「長白小館」という地元の人ばかりの酸菜白肉火鍋専門店で食べた豚しゃぶは本当に美味しかったぁ!(季)

さくらカレッジで講師を務める山手麻起子氏は彫刻家として活躍されている。10月に国立新美術館で開催された二紀展に出品され、その縁で展覧会に伺った。絵画展示を抜けると夥しい数のオブジェが並ぶ彫刻展示へ。おもちゃ箱をひっくり返したように雑然と置かれた彫刻たちが間近で語りかけてくる。久々にアートを体感し、楽しい時間を過ごした。(羊)

息子が高校時代に、パーラーの求人広告を見て応募した。「働きたいってぇのは、にいちゃんか」と唐獅子牡丹のオヤジさんが出てきたので、泡を食って退散したという。どうやら喫茶店と勘違いしたらしい。そういえばパチンコ店をパーラーとも呼ぶようになったのはいつ頃からだろう? 言葉は常に生まれ変化する。最近はそれが顕著で首をひねること度々。(梅)
2010年10月号掲載

スカイツリーが日毎に高くなる。押上の交差点近くの橋の上で写真を撮っていたら近くにいたおじさんがやってきて親切に曰く「そんなカメラじゃ撮れないよ。ワイドじゃなければ無理だよ」そして写真の2,3枚を解説付きで見せてくれる。すばらしい出来映えである。でも私は自分の能力をカメラのせいにしておじさんの写真を生意気に批判する(俄)

今年の夏は熱中症対策で梅干しが大人気みたいでしたね。ところで梅の原産地は中国で、奈良時代に渡来しました。平安時代には花と言うと、桜ではなく、梅でして、万葉集でも桜より梅の歌が大変多く詠まれております。江戸時代には吉宗が薬用として広く奨励しました。ちなみに「南高梅」は和歌山県立南部高校と高田梅から命名されたそうです。(哲)

親の躾で身につくことは人それぞれで、私の場合はさほど多くないが挨拶だけはしっかりする家庭でした。おかげで今も挨拶はきちんとしてます。人がしっかり挨拶してるのを見ると気持ちいいし、自分もしっかり挨拶して、きっと誰かを気持ち良くさせていると思うと親に感謝です。今は家に帰って猫に「ただいま」をする日々です。(美猫)

蟷螂(とうろう)の斧(おの)ということわざがあります。身のほども知らず、強いものに立ち向かうという意味です。蟷螂とはカマキリのこと、たとえ人間でも手を出すとカマを持ち上げて威嚇(いかく)の構えをとります。先日田舎で草刈機を使っていたら、さすがのカマキリさんもあわてて逃げていきました。<蟷螂の斧も振らずに逃げゆけり>(裕)

2010年9月号掲載

9月19日は獺祭忌(だっさいき)、正岡子規の命日です。かわうそが魚を並べるように、子規も本を身辺に並べていたことに因んだものです。脊椎カリエスになった子規は、包帯を交換する時悲鳴をあげたそうです。お母さんは最期の包帯を換えてやりながら、こう言いました。「のぼさん、もう一度痛いと言うておみ」<痛むとは生きる証や獺祭忌>(裕)

少し前の我が家の大事件。1週間ほど息子(猫)が家出しました。母(飼い主)が食欲を無くしながら朝晩探し回っているところに自力生還しました。汚れてヘロヘロになってましたが、母は涙でした。どこで何をしていたのやら、聞いても、猫語はわからない母です。どんなに心配したかわかってないでしょうが、カワイイから許す。(美猫)

とある踊りを習い始めて、3年が経った。始めた頃はポーズもカッコ悪いし、なにしろ踊りの体力がないから1曲を踊りきれない。40歳を過ぎてから怒られたり、汗だくになって努力をしたりするとは自分でもビックリ! 最近では、なんとかマシになってきたと自画自賛をし、来月の発表会に向けてまだまだ努力の日々。オレ?! (米)

マイケル・ジャクソンが好きだった。彼の来日公演は全て観た。あのパワーにまき込まれ叫びまくり踊りまくった。思えば青春まっただ中!天才は、この世での役目を終え静かな眠りについたが、凡人である自分は、日々己の快楽に生きるのみ。まだまだ見逃せないアーティストや綺麗なお兄ちゃんタレントがいっぱいいるし~♪(玩)

2010年8月号掲載

探査機「はやぶさ」が七年の宇宙の旅から帰ってきました。小惑星「イトカワ」の情報を持ち帰るという大切な使命を担っての旅でした。何度も絶望的なアクシデントを乗り越え、大気圏で自らは燃え尽きながら、その試料を入れた容器は無事に回収されました。彼に命があったらきっとこう言ったでしょう。<生きてあり夏草の香や大地踏む>(裕)

夏野菜が美味しい季節になった。過日お世話になったさくらんぼ畑で、昼にご馳走になった胡瓜の漬物が絶品だった。「作り方は?」の問いに「塩で揉んで少しの砂糖と農協○○号を入れれば簡単にできるんだわぁ」と家人。しかし・・・東京で農協○○号の麹は入手できるのか? さぞや酒のすすむ一品であろうに、ウー残念!(肴)

買い物に行く途中、将棋倒しになっている自転車を起こしているおじいさんを見かけ、一人じゃ大変だろうとお手伝いしていると、通りかかった小学5~6年生ぐらいの男の子2人組も一緒に手伝ってくれました。お礼を言われると恥ずかしさを隠すためか、お辞儀をして去ってしまいました。いつまでもやさしさを失わずに育って欲しいと思いました。(暑)

この「風」の欄160文字を使用し、一つの事柄を言葉を重複することなく表現すると、取り組んだ人がいた。その心境を一度伺いたいと想っていたが、数年前に退会、聞けなくなった。部会では活発に忌憚のない意見が飛び交う。その中で輝いていた彼女。真夏の日射しでも颯爽と自転車を走らせ、ソバージュをかけた短めの髪が似合っていた。(環)

久しぶりに結婚式に出席。何を着ようかと迷ったが、鏡の前に立ち悟った。この体型にはもはや着物しかない。何十年ぶりかで和箪笥を探索。地味好きが功を奏して未だにいける!ところが帯締めや草履といった小物類はさすがに若々しく買い替えた。日本文化を装うのは意外に物入りだ。でもたまには着物もいいものだ。夏は浴衣に挑戦しようかしら…(羊女)

帰り道、所在なく立ち止っている女性を見かけた。「道を訊かれるかな…」と思った通り、「○○商店街はどこですか?」と話しかけられた。私は本当によく道を訊かれる。子供から年配の方、外国の方、男女を問わず皆私に訊いてくる。道行くたくさんの人の中から、必ず私が選ばれる。我ながら、どれだけ話しかけやすそうな顔なのだろうか。(理)

2010年7月号掲載

檜材は育った環境により捻れや収縮度が異なるという。木材個々の性質を上手に組み合わせて造られた法隆寺の五重塔は、千三百年以上経った今も健在です。飛鳥の工人の知恵と技には、ただ驚くばかり。五重塔の建築様式を真似、現代技術の粋を集めて建設中の東京スカイツリー。果たして千三百年後は?(梅)

昨年嫁いだ娘の「おみやげ」にはまってしまいました。「静岡おでん」…貰ったのはパック入りのおでん種と一緒に入っている「ふりかけ」です。温めたおでんに「ふりかけ」をかけてハフハフ。汁もちょっと濃いめで油っぽい感じがおいしくてズルズルーッ!あっという間に「はい完食!」。もうパック入りでは物足りなくなって、いつか新婚家庭に乗り込もうと計画中です。(零)

蒸し暑い日が続きますね。こんな日には釣りはいかがですか。それも夜釣り。降るような星空のもと、波の音や虫の音などを聞きながらの釣りです。竿の先につけた鈴の音は、まるで魚との対話のよう、潮風に吹かれていると、釣れなくても大自然を独り占めにした気分です。夏の星座を確認してみるのもいいですね。<星満天海魚と語る夜釣りかな>(裕)

何年か振りでバイクでコケた。夕立が降った雨上がりにツルッと…50ccのスクーターだからたいしたことはない。右膝すりむいてズボンに穴あいて顔の左側も打って‥うぅ(涙・涙…)そして、痛みをこらえながら思った。(風のネタに使える…)転んでもタダで起きない女。皆さま、雨上がりのマンホールにはお気を付けあれ。(茄恵)

2010年6月号掲載
知人が準備を進めていた組織が認可され、NPO法人として動き出した。不況で元気をなくした町に人を呼び、活気を取り戻そうと活動している。驚くべきことに、このNPOを立ち上げた方は、私からすると「おじいちゃん」くらいの年齢になる。年を重ねてなお枯れぬこの意欲とパワーを見習って、私も精力的に活動していきたいものだ。(眠)
最近ランニングを始めた。知り合いの青年は毎日のランニングで30キロの減量に成功したという。私もと意気込んだが、結果はかえって体重増加。しかし、効果はともかくランニングの魅力にはまった。6月の墨堤を走ると満開のジャスミンの花が香る。夕方には東京の夜景を満喫しながら隅田川沿いをゆっくり走る。さながらナイトクルーズ気分だ。(羊女)
元気に遊ぶ子の声を耳にすると、小梅小の入学式、「春の交通安全運動」初日が過ぎる。校庭に可愛い舞台、警視総監を迎え横断歩道の渡り方を訓練。総監と女の子を先頭に一年生親子が10組程続き、区長、校長先生のグループが続いた。大勢の地元の方や関係者が見守る中、言問橋交差点を一同学校へ戻る。小梅っ子に貴重な贈り物。万事、安全確認が大事。(環)
くら寿司で初めて昼食を取る。全皿100円。機械で注文。わさびはセルフと、未体験ばかりで少々戸惑う。中でも面食らったのは、『お皿はここに入れてください』の表記に従っていたら不意に始まったルーレットゲーム(景品付き)。色々工夫しているんだなぁと思いつつ、入手したガチャポンの扱いに困りながら店を後にした。(浅)
2010年5月号掲載
家から毎日成長し続けるスカイツリーを眺めている。5月は東京タワーの背丈をとうに超え、見慣れた形も変わっているのかな?と想像する。奇しくも、さほど高くないわが家から東京タワーも見える。晴れた日は周辺のビルの夜景も美しい。ある日、その手前にクレーンの影がちらついた。もうしばらくこの景色を拝ませてくださいと祈る毎日である。(み)
先日山の仲間と三浦半島にある三崎港に行ってきました。山行の反省会と打合せを兼ねて、とある割烹旅館で食事をしてきました。まぐろ料理がとても美味で、まぐろの白子は口の中でとろけてしまいます。脂のおススメは、ネギトロ丼で、新鮮なネギトロがドンブリいっぱいにのっており、今回も完食の脂でした。完(脂)
卵が貴重品だった頃、農家ではどこでも鶏を飼っていました。家ほどの大きな鶏小屋の前には木蓮の木があり、いつも春になると上品な紫の花を咲かせていました。産みたての卵を取りに行くのはぼくの役目、おんどりに追いかけられたことも今は懐かしい思い出です。<鶏小屋の屋根の高さや紫木蓮>(裕)
地球外知的生命体の存在についてUFOやSFでなく地球型惑星の存在の可能性からの研究が始まっている。悠久の時の流れを星々を見つめて想いを巡らせる。最速のスピードでの交流において途方もない時を有する有限の宇宙。地球の知的生命体の過ちがまだ大きくならないうちに宇宙の他の生命体との交流が可能であることは、理論上はありだが(我)

2010年4月号掲載

30数年前に松戸の在に越した。当時は農村の面影が色濃く、自然が豊富であった。その後、農地や山林が宅地化され小動物や野鳥、昆虫が姿を消した。時々サイクリングをする江戸川の河川敷では、春になると盛んにキジが鳴き始める。思いの他多くのキジが生息している。周辺では唯一となった動植物の宝庫が人工河川というのも、皮肉な話である。(梅)
向島の三囲(みめぐり)神社周辺の句碑を見てきました。ついつい解説を見てしまいます。昔読めたものが今読めないのは、とても残念なことです。「古文書を読む」が、今静かなブ-ムとか。読めなくても、ただやさしいかな文字を見ているだけで、昔の人の心に触れているような豊かな気持ちになりました。<春の日や句碑の影までやさしかり> (裕)
某銀座の楽器店、2月末に新築オープン、エレベーターの位置や階段の位置は昔と同じ、古くからの顧客を意識したのでしょうか。少し驚いたのは階段の暗さ、中高年にはきびしい暗さです。エレベーターに張り紙が「階段が暗いのでご注意ください」(@_@;)非常時には明るくなる仕掛けでもあるのでしょうが、普段から明るくてもよいと思いました。(あ)
近所にインド人学校ができたらしく、ここ数年、最寄駅はインド人でごった返すようになった。仕事でたまに訪れる街にはハングルの看板が目立ち、すれ違う人々が皆、韓国語を話している。意思の疎通が図れない(かもしれない)人々に囲まれる状況は、緊張感がいや増す。近年急激に進む国際化に、違和感を感じるのは私だけだろうか。(眠)


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